2010-03-16 Tue
酒一号の執拗な攻撃はアトランダムに続きます。バイクは倒されるわ、玄関を蹴飛ばされるわ、色々ありました。
母親とも口論になります。
私は刑事事件として訴えたい、しかし母親は事を荒立てたくないから嫌だという。
かなり、フラストレーションが私の中にありました。
ただ、そのような環境のなかでも、隣のアパートに住む人達は良い人でした。
お二階が元校長夫婦。
下の階は三十代のご夫婦で、母親は元来社交的でしたから、特に下に住んでいるNさんの奥さんとはとてもいい間柄でした。
元校長夫婦も温厚な方たちだったと記憶してます。
そのご主人が他界されてから、歯車がさらに狂っていくとは夢にも思いませんでした。
ある日、その二階に住んでいるお婆さんがやって来て言いました。
「地元に引っ越します。それでお兄ちゃん、もしよかったら死んだ息子が聞いていたレコードを貰ってくれないか-」
そんな内容お話でした。
もうレコードプレーヤーは当の昔に捨ててましたが、お婆さんの気持を察すると断れません。
私より年上だったんでしょう。
エルビス・プレスリーやベンチャーズのレコードです。
そうして、一台のトラックが来てお婆さんは越していきました。
そのあとに引越してきたのが、酒二号一家です。
酒二号はジェリー藤尾氏にパンチマーマを当てうんと下品にした顔立ちでした。
瞳の色が違うんです。
ゲスの勘ぐりになってしまうんですけど、どうも進駐軍との間に…と思わせる顔です。
まぁ、それは兎も角、酒二号が越してきてから、また環境は激変しました。
まず、酒二号は昼間から酒を飲んでは直ぐ前の詮索一号の家の前で入り浸りです。
酒二号の事を書こうとすると、詮索一号、二号も加わりヤヤコシクなるのですが、今は書きません。
酒二号の様子は一階に住むNさんから母親に伝わり、私が聞いた話しですから、それなりのバイアスはあります。
その聞いた話を要約すると、
持ち回りでなった組長に誇り?を感じ、今までゴミ捨て場のゴミが燃えるなんて事がなかったのに、ゴミが燃え、それを発見したのが酒二号である。
そのことを、昼間から酒臭いダミ声で 「ボクが発見し消さなければ大火事になっていた」と近所の主婦に吹聴する。
街灯がチカチカし、「それを直すように言ったのはボクなんですよ」と周りに言う。
たまたま、警ら中のパトカーが酒二号を見つけ、「オマエは何をしているんだ」と問われ、
「ボクは今ここの組長をしてるんです」と誇らしげにいった(警察でも有名らしい)。
阪神淡路大震災のときには、「ボクはボランティアで行きますよ」とまた近所の主婦達にいう。
そんな話を聞かされてました。
かなり胡散臭いオヤジだな、とは思いましたが、実害がなければ別に問題ではありません。
ただの飲んだくれの戯言ですから。
ところが酒二号の子供が酷かった。
高校に行っているのか、よくわかりませんが、真夜中一時過ぎにカーステレオをガンガンに鳴らした車がショッチュウ止まります。
アパートの前でたむろし、ガンガンと階段を昇り降りする音。
一番最初に怒ったのは、一階に住むNさんでした。
酒二号に苦情を言いに行き、それから、何日も経たずしてNさんの車のタイヤが4本パンク。
私の母親も苦情いいに行くと酔った勢いで、粗を探して怒鳴り込んできましたね。
そのようなゴタゴタが続き、Nさん一家は二度目のパンクでついに引越しました。
状況証拠しかないと何をやってもOKなのだ、と私はこの時初めてしりました。
そうして、母親が癌で他界し、私はこの家に一人で住むことになりました。
そこからはもう、酒二号一家のやりたい放題です。
ある日、近所のバイク屋さんに行くと、トモくんが話しかけてきました。
トモくんは、バイク屋さんの倅であとを継いでいます。
「ねぇ、せいぢ君の近くにさ、アヤシイ酔っぱらいのオヤジがいない?」
「いるけど」
「酒一号と一緒にいるところを見ちゃってさ」
「えっ、酒一号と…」
愕然となりました。
「そう。で、酒一号はウチにも来るからさ、挨拶したんだけど、酔っててさ、おおぅ、なんて言ってんの。
そしたら、今度はジェリー藤尾みたいなオヤジが「交番は何処だ」と訊くから教えて、面白そうだからあと付いていったのよ」
「じゃぁ、共食い?」
「よく、わからないけど、友達とあとを付けて行ったら、交番に入ってそこには、髪の毛がボサボサになったオバサンがいて…」
「それで?」
「多分、ジェリーの奥さんだろうと思うだけどオマワリが居なくて帰って来ちゃった」
家に帰宅して考えます。
これから先どうなるのか、と。
共食いし始めたら、こんなにいいことはありません。
しかし、共食いじゃなく、私を敵だと見なしたら、酒一号だけではなく、酒二号も加わることになる……。
そのキッカケをつくるような事がある夜に起こりました。

酒二号の倅がいつの間にか原付を買い、傘のぶら下がっているあたりに、バイクを置くようになりました。
私はそれを黙認していた。
しかし、バカというのは段々図々しくなるようです。
カーステレオの音とともに下でガタガタと音がします。
窓を開け下を見ると、酒二号の倅が私のバイクをどかそうとしています。
そして友達の珍VIP車を止めようとしている。
「おい、人のバイクを勝手に動かさないでくれない」
すると、
「この辺りはよう、規則規則でスゲェ、ムカツクんだよ!」
喚きます。
「ムカツクのはオマエだよ、このバカ!人のバイクを勝手に動かすな」
詮索一号の勝手口が一瞬開きました。
翌日、ブザーが鳴ります。
出ると隣の詮索二号です。
「回覧板です」
そのまま、ジッと立っています。
普段は、玄関先に置いていくのに、何かを聞きたくてウズウズしているのが人目でわかります。
こちらが昨日のことを言い出すのを待っています。
詮索二号は苦情魔で有名でもあったし、あまりのイチャモンに近い苦情で母親もキレ喧嘩になった相手です。
そんなババアに言う事なんてありません。
「あ、どうも」
それでドアを締めてオシマイです。

一体、ここの土地はなんだろう……。
その日、近所のホームセンターで垂木と針金を買ってきて格子のドブ蓋に垂木を固定しました。
酒二号の倅がバイクで出掛けたのを見て、垂木をつけた格子のドブ蓋に交換。
これで、バイクは二度と置けません。
それから一月か二月かもう今から十五年近く前のことなので忘れましたが、私はギックリ腰で寝ていました。
今だから話しますが、母親が亡くなり父親とは遺産相続で大揉めになり鬱病でパンクしていました。
また、そのころ知り合ったニューハーフに携帯の名義を貸したところ、トンズラされ総額20万くらいの通話代の督促が我が家に来る、かといって解約したら連絡出きない……。
信頼していただけに、精神的なダメージも加わりかなり強いクスリで朦朧としてました。
外で酒二号のダミ声がボンヤリと聞こえます。
詮索一号のババアに話しかけているようです。
「何で家の前を雪かきしないんだ。これじゃぁ、オバサンが滑って転ぶじゃねぇか。ねぇ。
ボクが今、あいつの家に行って雪かきするように言ってきますよ!」
酒二号を止めようとする声。
そんな会話だったと思います。
ブザーが鳴ります。
出たくても、ギックリ腰とクスリの所為で中々起き上がれません。おまけに、玄関からは一番奥の部屋です。
「おい、いるのは分かってんだ!居留守を使うな!」
ドアを叩き、ノブをガチャガチャと引っ張る音が聞こえます。
バコ!
翌日。玄関を見ると、ドアが凹んでいました。
つづく
2010-03-14 Sun
酒一号に乱入され、母親と一緒にXX署に行くことになった私。タクシーを呼び警察署に向かいます。
中に入ると左が交通課、右が生活課にわかれてます。その生活課の一部だけに電気が灯り、先程の警察官が集まっていました。
母親と私に気がついた警官が呼びます。
「これです」
また、別のメガネを掛けた警官に、「傷はどう?」と聞いてます。
「少し指先を切っただけだから」
事務机にはビニール袋に入った長さ20cm位の出刃包丁がありました。
殺そうと思えば殺せます。
もし、警察官が帰った直後に酒一号が来たら、私はどうなっていたのでしょう?
興奮状態から覚めた私の足は小刻みに震えていました。
酒一号の母親と乳飲み子を抱えた妻がやってきました。
両人ともに平謝りを私と母親にしています。
「いや、おばさんや奥さんの所為ではありませんから、そこまで頭を下げないでください」
そんな言葉を私は掛けました。
指を怪我したメガネの警察官も、
「まぁ、大した傷ではないし…子供もいるのだから」
認識が甘かった。
先程までは頭を下げて謝っていた酒一号の母親の態度は次第に、大きくなって慣れ慣れしい口調に変わりました。
そして、
「お兄ちゃん、運が悪かったわねぇ」
内心唖然としました。まるで天災に遭ったような物の言い方です。
むろん、すべてに当てはまるワケではないですが、
『親がハエなら子供はウジ虫はなんだ』
そう思いながらしゃべり続ける酒一号の母親の話しを聞いていました。
調書は後日ということになり、帰り際、酒一号の母親が、
「奥さん、これ帰りのタクシー代」
とお金を渡そうとします。
それをやんわりとでもしっかりと拒む母親。
帰りのタクシーの中で、私がなぜ受け取らなかったか聞くと、
「ああいう人間からね、お金を貰うとあとで何が起るかわからないのよ。
いい、せいぢ、だからね、貸し借りの関係は絶対にしてはダメなのよ」
家に帰宅し、そろそろ寝ようという時間に再び、玄関のブザーが鳴りました。
緊張しながら、訊ねると、
「XX署の交通課です」
ドアを開けると、
「これから、お宅が轢いた駐輪場で話しを伺いたい」
慇懃無礼な態度で警察官は言いました。
土砂降りの中、駐輪場まで行き、実況見分です。
腸が煮えくり返る思いです。
警官は事務的に話しを聞き、メモを取ると立ち去りました。
週明けから調書の作成が始まりました。
立ち話をしていた刑事もいたように思います。
調書は何があったか、私が述べ、それを警官が書き起こす。
作成が終わり、最後に、昨日来た警官の話しをすると、
刑事は舌打ちをし、
「これだから、交通課は嫌われんだ」
どうも交通課と生活課は仲が悪いらしい。
その番、交通課の偉い人間から電話がなりました。
「あのとき、お宅がいつでもいいと言ったから、行ったまででして……。
それにそこまで私は指示したワケでもなく……生活課になんと言ったんですか」
完全に自己保身になっているのがアリアリとわかります。
「けれども、その前に電話で確認したらどうですか?
真夜中に突然やってきて土砂降りの中、現場検証というは非常識では?」
「……」
当時、高性能なICレコーダーとネットがあったら全て会話を録音してましたね。
歯がゆい限りです。
母親が今度は行きます。帰宅した母親が憤慨してます。
「せいぢ、酷いわ。
調書を書き終えたら、お宅の息子さんは何処を怪我していますか?
酒一号は顔がパンパンに腫れ上がっています。
過剰防衛で訴えられても当署はしりませんよ。
って言うのよ」
「えっ」
「まるで、こっちが加害者扱い。
それじゃぁ、この件を洗いざらい新聞社にいいます、と行ったら黙ったけど、警察って酷いところ!」
私も再びXX署に行き調書を作成します。
そのとき、玄関で立ち話をしていた刑事がやってきて、母が言われたこと同じことを言いました。
「お宅は何処を怪我しているの?」
警察とはなんだろう。
私が警察を徹底的に信用しないキッカケはこのときからです。
家に帰って体を見ると腕に酒一号が掴んだ痕がハッキリ残ってました。
留置所から出た酒一号は我が家をターゲットにしました。
他の家は喜んだろう、と思います。
ある意味、生贄の子羊です。
日曜日は外に出られなくなりました。
ある日曜日、酒一号やってきた時の会話です。
http://offbike.xrea.jp/files/seya.mp3
物品の要求をしています。
でも、捕まらない。
こちらが、怪我をしない限り捕まらない。
警察はアテにならないと、市の暴力団対策室になるところに行きました。
そこには、引退したOB?のような老人が一人でやってました。
この会話とは別の会話を聞かせると、
「ここはねぇ、飲み屋の暴力団対策室なんだよ」
「いや、でも彼も…」
「彼が暴力団って証明出きるの」
「それは……」
「この男の会話を聞く限りね、寂しいんだよ。
だかさ、お宅が折れてね、
酒を持ってさ、一緒に飲もうと言えばいいんだよ」
酒乱に酒を勧めるバカが何処にいる!
こうして、我が家は孤立無援状態の中、酒一号と戦うハメになりました。

酒二号が引越してくる三年ほど前の話しです。
2010-03-04 Thu
老人は車によく似ている。車は毎月、無制限に生産され、運転免許も無制限に出されるが、その車をおく場所には限りがある。老人もまた医療進歩のおかげで毎年ふえにふえ続けている。六十五歳以上の老人は現在、千五百万人に近いがもう数年すると千七、八百万人になるだろう。しかし人々は口にこそ出して言わぬが車と同様、社会の「置き場所に困る」存在として考えているのだ。駐車場のない車。居場所のない老人。皮肉なことだがこれが日本の現実だ。
遠藤周作 『心の砂時計』1995年
現在、八十歳以上の老人の四人から五人の一人は認知症と言われています。
伯母もそうです。
父親とは十年はあっていませんが、なっているかも知れません。
健康の名のもとの、煙草、酒、カロリーの過剰摂取をWHOや厚生省は抑止しようとしています。
それは、結構なことだと思う反面、WHOも厚生省も、どういう食生活をし、どういう医療を受けたら、寝たきりにもならず、認知症にもならず、ポックリ死ねるのか、教えてくれません。
ただ、バカの一つ覚えに『健康』というだけです。
母親も長女のルミ伯母も癌で六十代で死にました。
癌はそれなりに苦しい。痛みを伴う。けれども伯母は三ヶ月、母親は五ヶ月足らずで亡くなりました。
ルミ伯母の死も泣いた、母親のときも泣いた。
ルナ伯母の時、父親の時は…?
一人っ子の私からすると、早く死んだ者勝ち、と思います。
一番先に死んだルミ伯母の介護は、次女のルナ伯母、母親、私で面倒を見ることが出きました。
母親は辛かったが、ルナ伯母、父親、私で面倒を見ることが出きました。
認知症になったルナ伯母は、私が介護をすることになりました。
犬猿の仲の父親は、面倒を見たくはないが、認知症、寝たきりになれば私が介護しなければなりません。
したくない、と言っても今の世の中には、『高齢者虐待防止法』があります。
昨日、デイケアセンターから電話がありました。
XX銀行の貸金庫のお金を支払いの電話ががルナ伯母のところにあったそうです。
しかし、その銀行ではありませんでした。
違う銀行を探します。
認知症の伯母が既に勘違いをしている……。
伯母が今度は通帳の印鑑をなくす。
伯母がデイケアセンターに行っている際に必死で探します。
すると、こんな領収が出てきました。


ボケはじめの伯母がアヤシゲなブレスレットをしているので、当時聞いたら、2万3千円だったから、と言っていました。
箱を開け中の説明書をみると、
素材 ステンレス、マグネット、エポキシ樹脂…
エポキシ樹脂なんて接着剤です。
こんなのに2万3千円も払うなんて、と苦笑しながら怒りましたが、実際は23万円だったんですね。
もう、あとの祭りです。
昨日は感情的に怒鳴ってしまいましたが、おそらく彼女は忘れているでしょう。
伯母の面倒を我が家でみるとしても、父親の私物がかなりあります。
これを簡単に捨てることができたら、私はとっくに引越しています。
そう、早く死にたい、認知症にも寝たきりにもなりたくない、と思うのであれば、
今は一日一箱の煙草を二箱にしよう、酒はあまり好きではないが毎晩飲もう、ジャンクフードを沢山食べよう。
健康でポックリ死ぬなんて幻想です。
最近思っているのは冗談抜きで、事故による即死です。
自殺は中々勇気がいることです。
前にも書きましたが、友人がバイクに跳ねられ、意識不明の重体になりました。
奇跡的助かりました。
もちろん喜びました。
そのとき、シツコイくらいに聞いたんです。
覚えている?って。
「歩道を歩いているところまでしか記憶に無い。気がついたら病院だった」
今日もこれから伯母の家です。
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